無事に杉本さんの映画のプレミア上映会が終わった。
今回は本当にヤバかった、というか完成するのか?と思ったことが何度もあった。でもなぜか音楽は出来上がるのだ。
急いで書くときと大衆のために書くときは結果はいい、無駄のない方法をとるからだ、とかベートーヴェンが言っていた気がするけど確かに今回の映画音楽は極度に時間がない中で本能的に作ったので極めて自分のソロに近い。
全ての音源はピアノで、シンセのように聴こえるところも全部ピアノを加工している。最初は打鍵は全部カットしていたが、それだとドローンにしかならなくてつまらないので、リズム的な句点、読点が欲しいときに消してあった打鍵の音を引っ張り出してきた。
結果、意図的ではない場所に和音が入っていたりして僕が最近丁度よいと感じる予測不可能/可能性をいったりきたりする音楽になった。
で、そういう音楽だけだと「コンセプチャルな映画音楽」という感じで解釈されるので、というか文脈的解釈から逃げるのは僕の癖というか趣味というかモットーなので平明なメロディやコードをもった、10本の指で弾ける曲もいくつか入れた。
俺は結局、なかなか商業との折り合いがつかず、この齢になってもフラフラしてて、プロとはいえんなとも思う。プロとアマの違いは、恋愛と売春くらい違う。アマは映画が撮れれば死んでもいいと思わねば、その情熱は結実しない。かたやプロは、この体で客をメロメロにし、マンサツはたいてでも抱いてみたいと思わせてこそ、プロフェッショナルな仕事と言える。
しかし俺が、言いたいのは、この二つの情熱は表裏一体で、同じ事なのだ。俺はまた新作を撮るが、間違いなく恋愛と売春の二つの精神を守る。どちらに偏る=譲る事なく。俺と、俺の映画とのズルイ駆け引きが始まる。
03.7 園 子温
kenzee「そこでそろそろ驚愕の結論にいくわけだが、宇野さんの本に話を戻すが宇野さんのサブカルチャー論とはこういうものだ。もはや、圧倒的な天才がシーンを引っ張るという時代は終わった。山口百恵や松田聖子のような天才がアイドルを代表する時代ではなくなった。同様にたけしや松本のような圧倒的な影響力がお笑いを代表する時代ではなくなった。ではどうなったか。宇野さんは「ゲーム」がシーンを動かしているのだという。たとえばAKB48のメンバーは一人一人は個性的な天才とは言い難い。むしろ十人並というべきだろう。しかし、ひとたびAKBというゲーム(それも総選挙などのガチ度の高い)に参加するとどこにでもいる普通の女の子が個を発揮せざるをえない状況となる。そしてネットを通じてそれに対する非難や賞賛がかなりのスピードで可視化される。お笑いでいえば「アメトーーーーク」のような「場」でどうふるまうか。音楽においても宇多田ヒカルのような天才がシーンを引っ張る状況ではすでになく、ボーカロイドのシーンのように「場」に匿名の作家が出入りし、評価を受ける状況がある。同じような話を「文科系のためのヒップホップ入門」(長谷川町蔵・大和田俊之・いりぐちアルテス)のなかで述べている。ロックとヒップホップの違い、という議論がよく起こるが、ロックのシーンとは演者のパーソナリティーが重要視されるもので基本的な表現の回路が「内省」にあるのだという。それは西洋の文化史をたどれば宗教儀礼上の「告白」に遡れるはずだが、内面の表象、というロック信仰はいまだ根強い。だが、ヒップホップ文化には初めから「内から湧き出る」という考えがない、大量のレコードコレクションの中から編集、つまり東浩紀風に言うなら「データベースにアクセスして」創作するのが前提の文化である。
大和田「(ロックの)オリジナル信仰と「天才」を必要とする傾向はセットであると。たしかに相対的にみるとヒップホップって「天才」と呼ばれるミュージシャンが少ないというか、ファンはヒップホップという「場=シーン」(筆者注・宇野さんのいう「ゲーム」もこれに該当するだろう)に注目している。ロックの場合は「俺はボブ・ディランしか聴かない」というようなファンも多いですよね」
長谷川「「俺はKRSワンしか聴かない」なんて言っているヒップホップ・ファンはいません。いたら格好いいけど(笑)」(文科系のためのヒップホップ入門)
kenzee「確かに自分を振り返ってもヒップホップってコンピから入った。とにかくヒップホップ系のコンピのCDって500円ぐらいで投げ売りされているのでそういうのでヒップホップの耳を作っていった、という記憶がある。あるいはミックステープ、ミックスCD、そういうので「場」全体の空気感を知るのが楽しかったという記憶がある」
長谷川「文章に喩えるなら、ロックは単行本で刊行される純文学で、ヒップホップはTwitterのつぶやきなんですよ。前者は個人の著作物だけど後者はまず場があってその上で表現がある。受け手は個々の表現よりもシーンという名のタイムライン上のやりとりを楽しんでいる。表現する側も、自己表現したいというよりは「セックス」や「ドラッグ」ってハッシュタグに対して気の利いたことを言ってフォロワーを増やすことがモチベーションになっているわけです」(前掲書)
東日本大震災の影響で、首都圏を中心に繁華街のネオンが消え、経済活動が沈滞ムードに包まれる。一方で、節電が暗さに対する日本人の意識に変化をもたらしている。「陰影」という日本建築の概念に光が当てられ、夜の暗さを再評価する機運が出てきた。
昼から夜へ、明るさの谷間に当たる「たそがれ時」に対する意識は、国民性や気候風土が反映される。日本の夜の明るさや派手なライトアップに長年、疑問を投げかけてきた東京工大の乾正雄名誉教授(建築工学)によると、日本では日没の1時間前に照明をつけるが、ヨーロッパではほぼ日没の頃。明るさの余韻を惜しむかのように照明をなかなかつけないという。
乾名誉教授は、過度に明るい夜間の環境が「人に常に動き回ることばかりを強いて、じっと考える能力を喪失させたことはうたがいようがない」と、『夜は暗くてはいけないか』(朝日新聞社、1365円)で指摘する。確かに、こうこうと輝く蛍光灯のもとでは哲学することは向かない。
谷崎の『陰翳礼讃』にある一節。〈暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った〉
小林 スマートグリッドをやることによって、勝手に電気の効率がよくなるということはないのですか?
飯田 それも10年後には期待できると思います。
希望はあるんですけど、半々というか、悩ましいところがあって、ヨーロッパ型スマートグリッドと、アメリカ型スマートグリッド、日本型スマートグリッドというのは違うんですよね。
今現在の日本型スマートグリッドというのは、電力の独占を前提とした、非常にギミックというか、小細工的なスマートグリッドですね。アメリカはやっぱりアメリカ的で、Google energyに代表されるような、まったく新しいビジネスモデルを作ろうとしている。これは非常に面白いですけど。
小林 興味あります。そこには当然、エネルギー自給という部分も含まれてきているんですよね?
飯田 そうですね。自給をもっとはるかに超えたような、それこそインターネットの情報のクラウドのようなイメージで、エネルギーの需要側に供給もあり、バッテリーもあり、需給調整もあるというものを作るのが、グーグルの構想ですね。それはそれで非常に面白い分野です。もうひとつヨーロッパ型はやっぱりヨーロッパらしくて、すごくオーソドックスな道を歩んでいるんですよ。それはどういうことかというと、イギリスの1990年の自由化から始まって、ノルウェー
そしてスウェーデンと、90年代に自由化の基本形のようなものを終えているんですね。
それは電気料金の自由化なので、ユーザーが、どこの電力会社でも選べるように、古典的スマートメーターじゃないとそもそもだめなんですね。A電力会社はひとつの地域だけ売るのではなくて、いろいろな地域に電気を送り込む。ユーザー側から言えば、自分のところで色々な電力会社の電気が買えるわけだから、その電気が段階的に整備されてきた。だから日本でスマートグリッドのブームが始まったときに、ヨーロッパではスマートメーターがとても普及していた。つまり90年代にエネルギー自由化をした時から整備が始まっていたわけですね。
小林 なるほど。
飯田 それがまずベースとしてあって、次の段階が、電気料金と需要と供給の関係をリアルタイムにつないでいこうという、リアルタイム料金ですね。つまり需要が高くなって供給が低いときは、価格を高くしよう、逆のときは価格を安くしよう、そういう仕組みをちゃんと作ろうということを、2000年あたりからやってきています。
そして第3段階として、Google的なスマートグリッドが射程に入っている。それがヨーロッパ型スマートグリッドなんですね。日本型スマートグリットは、そういう段階はまるで踏んでないし、かといってグーグル的な大きな構想力もない。ガラパゴス携帯と同じで、ちょっと今、出口がないんじゃないか、というのが私の見方ですね。
小林 それはスマートグリッドに関して?
飯田 ええ。だから制度の整備も必要だし、一方で日本の企業がGoogleのようなイノベーションの力、構想力を持つ必要もあるのですが。私も今、経産省がスマートコミュニティーといってやっているところのいくつかを見て歩いているのですが、ほとんど笑えないジョークのような状態が続いていますね。
小林 すこし現実的な、これからの対応の話をしましょう。飯田さんは現状の原発体制に対して批判するだけではなく、エネルギーに対しての新しい提案もされていますよね。短期的には今年の夏のピーク、電力の消費のピークに、計画停電をやらなくちゃいけないと東電は呼びかけていますけれども、それをやらなくてもいいかもしれないという。夏場のピークの大口契約の改善について……、というところを教えてもらえますか? そもそもどういう契約が電力会社とあるんですか?
飯田 需給調整契約といって電力会社が個別の企業と交わしている「ピークになったときの需要を落としますよ」という契約があります。そのかわり、ちょっと値引きしてあげますよ、ということですね。
小林 なるほど。
飯田 それは「通告なしで即座に落とす」「1時間前通告」「3時間前通告」という3種類あるんです。それによって割引率が違います。まあ、私契約で価格は秘密なので出てこないんですけど。
企業も始めから契約しているわけですから、じゃあそれを減らされるときにはここを落とせばいいと用意できているんです。これを中心的な施策にして、もう少し小口の500キロワットから2000キロワットの契約になると、件数が一気に何万件と増える。さらに小口の50キロワットから500キロワットくらいまでいくと、これはもう何十万件と広がるので、今の市場メカニズムのピーク価格をあげる対応で十分に電力量が下がると思います。
最後はもうちょっと小口の家庭などですが、こちらは価格をあげてもあまり減らないんですよ。企業にとって電気料金は切実ですが、家庭の方々は基本料金や電気料金があがってもあまり気にしないようですね(笑)。ですから、小口契約者への対策は、基本契約料を一律2割減らす代わりにアンペアを減らす、ということをしたらいいと思うんですよ。
つまり、家庭とかだと今、40アンペアや50アンペアが標準ですよね?この40アンペアを30アンペアにするとか、50アンペアを40アンペアに減らす、という風にするとピークが2割ほど減ると思われます。そうするといま東電管内にある家庭分の1500万キロワットが、一気に300万キロワットまで落ちる計算になるんです。
小林 それくらいアンペアが減ってもそんなに困らないけど、ブレーカーをとばしたくはないから、使う電気量を押さえる工夫はしますよね。
飯田 そうそう。例えば、電子レンジとオーブントースターとヘアドライヤーなど、電力消費量の大きい機器を同時に使うとブレーカーが落ちちゃうかもしれないけど、冷蔵庫やパソコンくらいなら大丈夫ですから。その一番電気を食うものを同時に使わなければ問題ないですよ、というようなことも一緒に伝えてあげればね。
小林 なるほどね。
飯田 この対策を一気にやれば、この夏も計画停電なしにクリアできますし、企業活動やライフラインにも影響がない。
今年の夏を乗り切れば、同じ対策で数年は大丈夫ということになりますよね。ただし今は火力発電を目一杯使っているのでCO2の問題と、それから、エネルギーコストの問題という2つの問題があって。特に今、原油も石炭も、ただでさえ上がり気味だったのに、これで世界的に原子力が減っていくとなると、ますます原油と石炭は、投機マネーで高騰していくことが予想されます。
10年後、50年後を見据えると、大胆なエネルギーシフトを加速していくということが必要だと思うんですね。
まず省エネ・節電をあと10年で20%、これを我慢の節電ではなくて、問題のない快適な節電でやっていこうと。
小林 快適な節電というのは、さっき話していたこと以外にどういう手があるんですか?
飯田 一番大きいのは、暖房とか給湯で、電気を使っているものをできるだけガスとか、さらには自然エネルギーに代えるということですね。電気で熱を作るのは、昔から省エネルギーの天才といわれたエイモリーー・ロビンスが、「電気ノコギリでバターを切る」と表現しているんですね。それはそもそも、電気を作るときに、火力発電所では、熱エネルギーの4割を電気として取り出すのがやっとで、残りの6割が利用されずに捨てられているわけです。そこからまた熱を作るというのは無駄ですよね。
特に効率が悪いのはお湯と暖房。エアコンはまだ効率がいいんですけど、電気のヒーター型の床暖房とか電気ヒーターは正直効率がよくない。もっと専門的なことをいうと、エアコンの暖房というのは生理的には人間にとってあんまりよくないんですね。輻射(ふくしゃ)暖房といって、壁の面とかあるいはストーブから直接あたる熱のほうが、原理的にも快適性も非常にいいんです。
輻射熱とは、絶対温度の4乗の差で熱が真空中を伝わるというものです。ですから輻射暖房だと、自分の体が冷たいときには温かい薪ストーブやお湯のパネルヒーターなどから自分の身体にわーっと熱が入ってきて、身体が温まって温度差がなくなると熱が入ってこなくなるんですよ。そこが快適なんですね。だからヨーロッパの住宅とかは輻射暖房しか使ってないですよ。細かい話ですけど(笑)。
飯田 スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマ、ですね。それが浜岡に続かないことを祈りますけれども。
小林 チェルノブイリなどでは、事故から10年以上経った後に子供たちのガンが増えたりしているそうですね。そういうことも、ちゃんとしたデータとして数値がとれないなどといって言い逃れをしているところもあるんですよね。
飯田 単純に放射線の被ばくという意味でいうと、確率的な影響の観点から集団でみていくと発ガン率を高めていることは間違いないと言っていいと思います。もうひとつ重要な違いがあって、それが外部被ばくと内部被ばくです。ブラジルとかイタリアなどはもともと自然からの被ばくが多いとか、飛行機に乗って浴びる被ばくというのは、レントゲンと一緒で、外から浴びるものなんですよね。それももちろん発ガン率を高める一因にはなる。でも今、福島原発から放出されて都内などで検出されているのは、内部被ばくを警戒しないといけない。
あれは体内に入ってしまうと居座り続ける可能性がある放射性物質なんです。内部被ばくと外部被ばくとでは、根本的に違っています。これは専門的になりますけど、放射線には、α線、β線、γ線という三種類と、プラスして中性子という大きく四種類があります。中性子は、福島原発で事故処理に当たっている人以外は、考えなくていいんですね。で、中性子とγ線が主に外から浴びる放射線で、α線とβ線が内部被ばく型の放射線。
まず、γ線と中性子というのは透過力がすごく強いんです。だからコンクリートとか鉄の壁もぶち抜きながら透過していく。透過していくので怖い部分と、逆に弾丸が貫通するような感じで透過していくので助かる部分があるんですね。
α線とβ線にはその貫通力がなくて、それこそ紙やアルミ箔一枚で防げるので、外部被ばくの怖さはあまりないんです。そのかわり、アルミ箔一枚通り抜けることができないということは身体の中に入ってしまうとそのまま体内に居座り続けるんです。α線というのはヘリウムの原子核、β線というのは電子なんですけど、それが体内でDNAをひたすらぶち壊し続けるんです。だから身体に入るとめちゃくちゃ怖いんです。
外部被ばくの方は瞬間の話ですから、そこでDNAが壊されても修復されれば終わるんですが、内部被ばくを起こす核種は溜まる場所が決まっていて、話題になったヨウ素131というのは甲状腺に入るから、甲状腺で一定の濃度が入ってしまうとほぼ確実にガンを発症してしまいます。それからセシウムは一旦肝臓を通って、筋肉でいわゆる骨肉腫みたいなのを起こしたり、生殖器のガンを起こしたりしてしまう。
小林 つまり今、報道されている情報は、僕らはどういうふうに対処すべきなんですか?
飯田 とりあえず首都圏での日常生活においては、「気にしないといけないけれども、気にしすぎても仕方がない」というレベルだと思います。東京の辺りは、ですね。
ただ、放射能濃度が相当高くなりそうなところだけは、本当に退避しないといけないですし、妊婦や乳幼児は特に注意が必要ですね。放射能はDNAに作用するのですが、 分裂している最中のDNAは感受性が高いので、妊娠初期とか、乳幼児とか育ち盛りは要注意です。子供たちの甲状腺も放射能の影響を受け易いので、なるべくならできるだけ原発から距離を置いたほうがいいと思います。これから何が起きるかは本当に分かりませんので、状態が悪化した場合には西日本への退避なども考えておいてもいいかもしれません。まだ今のところは容認レベルだとは思うんですが。でもすでに水道水に入って、300ベクレルとか500ベクレルなど検出されはじめているので。要警戒領域であることは否めませんね。
小林 水道水については、日によって放射能の数値が高かったり低かったりするわけだけれども、最終的には「合計で1年間にどれだけ摂取してしまうか」というところが問題だという説もあるじゃないですか。例えば、3日間100ベクレルの水を飲み続けるのと、1日だけ300ベクレルで残り2日はゼロベクレルの水を飲むのは同じことだと。あれは本当なんですか?
飯田 一応、そういう考えで良いと思います。ただし、その基準が本当に確かな数値がどうかというのはわからないのですが……。もうちょっと細かい話をすると、ICRP(国際放射線防護委員会)の基準というのはかなりゆるいんですね。
放射線疫学の世界ではもっと細かい緻密な理論があって、それのリスクによっては、ICRPよりは10倍以上、発ガン率も含めて高いだろうという学説もあります。ICRPは内部被ばくのリスクを、あまり考慮しないで基準値を出していると言われています。
飯田 もっと深刻な現実があります。ちょっと専門的なことなんですけれど、こういう原子力機器を作る時に、その素材や成分や溶接の仕方や、その後の検査の仕方まで設計ルールのガイドラインがあるのですが、それは、アメリカではアメリカ機械学会(ASME、アスメ)という団体がオープンソースで作るんですね。みんなの知恵を出し合った、壮大な知の体系があるんです。だけど日本ではどうしているかというと、ASMEが作ったそのガイドラインをヨコからタテに訳しただけのものが、経産省の所管する電気事業法の下の、法律ですらない告示にぶら下がっているわけです。
たぶん、最初に一生懸命取り組み始めた1960年代は、東電も関電も国もすごく真剣にやったんだと私は推察するんですが。それがだんだん日常化・常態化して、表層的な官僚主義がはびこってしまった。 国の検査官など、そもそも経験してないから、見るところすらわからない。そういう官僚主義の繰り返しがどんどん膿のようにたまっていって、ふと気づくと、原子力ムラは本当に空っぽで中身がうつろなってしまったんですね。
だから、日本には輸出できる原子力のエンジニアパッケージなどひとつもありません。優秀な技術からは程遠いのです。原子力輸出と意気込んでも、日本は下請けとして参加できるに過ぎないという現実がある。
小林 絶望的な話が続きますね。
飯田 うん。それを表面しか見えてないから、ハイテクだと思い込む底の浅い政治も、非常に情けないと思います。
小林 でも事故が起きた当初は、海外のメディアでも、日本の原発というのは世界一安全と言われているのにその原発が……みたいな報道がありましたよね。
飯田 ええ。
小林 でもそんなことはないわけですね。
飯田 そうですね。
小林 つまりハリボテの部分でそう見せていくから、海外のメディアも日本の原発技術は優秀だとそう思い込まされているところがあるけれども。飯田さんの今まで経験したことから言えば決して優秀ではないということですよね。
飯田 絶対ないですね。だから、アムステルダム大学の教授をやっているカレル・ヴァン・ウォルフレンが書いている『日本権力構造の謎』(早川書房、1990年)という本はまさに日本の構造を的確に評価した本でした。ウォルフレンはその本で「日本はちゃんとできているんだ」という海外向けのスポークスマンがいる、と指摘していました。
小林 この間観た某テレビ番組で、世界に対して企業の原子力の輸出価値というものが、国益として重要なんだということなども言っていましたけれど。今の日本の原子力技術って、飯田さんの話を聞いているとそんなになんかこう…、バリバリのエースって感じもしないのですが。
飯田 しないですよ(笑)。日本の技術なんて「ない」って私は言っていますけど。
小林 そうですか。
飯田 まず客観的な証拠として、日本は原子力技術を導入してもう50年以上経過しているのに、なぜ今さら、某企業が5000億円も払って、ウェスチングハウスを買収しなきゃいけなかったのか、ということが、すべてを語っています。
例えば他の国は最初の頃は原子力技術をアメリカから輸入していたけれども、スウェーデン、ドイツ、イギリス、フランスはみんな自前の設計パッケージを持っています。日本では、設計図面には日本の企業名が書いてあるんですけれども、実態としてはエンジニアリングパッケージと呼ばれるところはどれもGEかウェスチングハウスのものなんですよ。日本の原子力企業は、設計パッケージという本質的な部分を50年経っても作ることができなかったのです。 私は原子力の空洞化についてははっきりと証言することができます。
小林 外側はハイテクに見せかけて、内側はベニヤ板っていうことですか。
飯田 それですね。
もうちょっと具体的にいうと、1995年と昨年(2010年)に起きたもんじゅ(福井県敦賀市にある日本原子力研究開発機構の高速増殖実証炉)の事故が象徴的です。ふたつの事故はよく似ているんです。
1995年は熱電対と呼ばれる金属の温度計が折れちゃった。今回は燃料を扱う肝心機器である炉心の上に落ちちて、にっちもさっちもいかなくなっている。そういう重要部材すら、まともに設計できていない。子会社、孫会社みたいな町工場の下請け的なところに作らせているし、それを設計した人は、原子炉の中でどういう力がかかるかということをまともに計算できていない。
燃料の上を通るという極めて重要な部材が簡単なビスで止めるようになっていて、落ちた瞬間にそれが潰れて使い物にならなくなっている。そういう部材はもちろん落ちないように設計されるのが当たり前で、仮に落ちたとしても、復旧可能なようにひとつの塊で作るべきです。そんな素人でも分かることがいくつも積み重なっているんです。
ずっと陽の目を見なかったエネルギー自由化の議論
飯田 政治的な結果でいうと、中曽根康弘さんがアメリカに調査に行って、強引につっこんだ「原子力予算」というところからまず始まったんですけれど。それはいわゆる原子力研究所のような国の機関から始まって、そのあと、今度は電力会社がやることになった。日本原子力発電の東海1号炉という、今は廃炉になったものが一番最初の事業ですね。
小林 これは何年くらいでしたっけ?
飯田 1950年代半ばだっと思いますね。ただこれは、イギリス型の原子炉だったんです。これはあまり性能が良くないというのもあったんですが、それ以上にアメリカが日本に原子力を売りたいというのがその頃にあった。
でもこれは日本だけじゃなくて、ドイツもスウェーデンもイギリスもそうでした。特にフランスは、シャルル・ド・ゴール(フランス第五共和政初代大統領)が一気に進めました。
小林 それはアメリカのを買ったんですか?
飯田 もともとはどの国もそうなんですが、自国型に改造して自前の技術にしたんです。
いずれにしても1960年代は、アメリカが世界に原子炉を売りたかったという事情がありました。
そのころの有名な言葉で「too cheap to meter」(原子力発電の電気は安すぎて計る必要もない)というものがあって。そういう「夢のエネルギー」という青雲の志というか仮想的な坂の上の雲を、誰もが原子力に見ていたんですね。こうして、みんなが原子力に進んだ時代が1960年代です。
飯田 そうですね。そのようにして1960年代は原子力が右肩上がりだったんですが、同時に環境思想も一気に進んだ時代でした。それが1970年前後の環境保護運動や公民権運動とか、ヒッピーなどの対抗的政治文化につながっていく。
そこに、1973年の石油ショックが起きるんですね。石油ショックというのは本当に石油がなくなったわけではなくて、それまでヨーロッパとアメリカの石油メジャーが持っていた石油権益を、産油国が自分たちのところに取り返して、石油の価格や産油量をコントロールし始めたという出来事だったのです。その結果、アメリカやヨーロッパ、そして日本などの先進国は、原子力という対抗力を持つことで、産油国に対して切り札にしようとしたんですね。ブラフですが。
小林 なるほど。
飯田 そういう風に、先進国はどこも、1973年に国と国営電力会社が一体になって原子力を進めようとしたのに対して、学生運動や市民運動などによる下からの革命がNOを突きつけるかたちとなりました。環境保護運動と政治的な運動がすべて反原発運動に合流して、世界全体がそれですごく盛り上がるんです。そこからドイツは緑の党が生まれましたし、スウェーデンはもつれ合いながら、最後は国民投票になりました。
日本だけは反原発運動は、ほぼ完全に無視されて、アウトサイダーに置かれ続けたというか、国会の議論にはまったくならなかったんですね。
小林 それは国営化されていないところにエネルギーが委ねられていたことが影響するんですか?
飯田 というよりもやっぱり民主主義の話だと思いますね。
小林 民主主義が根付いてない?
飯田 はい。やっぱり経産省、当時の通産省と政治はとにかく石油をどうするんだというというところに終始していました。そこにもうひとつ、1979年に、第二次石油ショックとスリーマイル事故がありました。日本はやりすごして政治的にはあまり影響がなかったのですが、スウェーデンやデンマークやドイツ、オーストリアでは、実はチェルノブイリではなくてスリーマイルの事故によって、原子力政策が死んだんです。
そのあと日本で唯一、国全体の大きな議論に原子力が上がりかけたのがチェルノブイリ原発事故(1986年)です。それも、その後の地球温暖化の議論のなかで、原子力が有効だという話に掻き消されてしまった、というのが大きな流れかなという感じですね。
どうして日本で電力自由化の議論が止まったかというと、2000年の末から2001年の始めにカリフォルニアで大停電がありました。それで日本の電力会社は、あれは対岸の火事ではなく、自由化したらあんな目にあうぞという議論をしかけてきました。
小林 日本の電力会社がですよね? なんだか覚えています。
飯田 はい。一方、日本の電力自由化論者は、「自由化が中途半端だからそうなったんだ」という反論をして、議論がネジ曲がってきたところに、2001年の9月にエンロンが倒産したんです。
実はそのカリフォルニア大停電もエンロンがウラで悪さをしていたというオチがあるんですが、日本の電力自由化の議論にはエンロンも深く関わっていたのです。エンロンが作ったイーパワーという会社が通産省にも協力して、日本の電力自由化議論の理論武装していたんです。それが一瞬にして消えてなくなったわけです。エンロンの崩壊が日本の電力自由化の息の根を止めた、というのは現実です。
小林 なかなか難しい話だね。
飯田 そうなんですよ。で、電力自由化の議論を率いていた経産省の中の改革派と呼ばれる人たちが、かなりそこで左遷をされたんですね。
小林 へえー。
飯田 ちょうど1年ほど前から、私は原子力に携わる内側の人たちと一緒に、原子力政策の合意ではなく、原子力政策が直面する課題を議論し合意するための、原子力政策円卓会議というのを始めました。原子力ムラの中にも、ちゃんと議論ができる人たちがけっこういるんですよね。その中のある人が「今の原子力ムラの中は、安政の大獄なんですよ」と、非常に面白いことを言ったのです。普通のことを普通に外に向かって言うだけでも、完全に弾圧されて差し止めをくらうんだ、と。それほど言論統制が原子力ムラの内側にはあったのです。
合理性とか論理を追求し、普通の議論ができなくなってきていることを内側の人が証言をしていたのが去年くらいのことですね。そしてその挙句に今回の事故が起きた。
小林 たしかにでも、自然エネルギーのブームも全部意図的に押さえこまれたような気もしていたのですが、やっぱり揚げ足をどんどんとられていくっていうのもそういう原子力を推進しているような力がなんらかの形でかかってきたりするんでしょうか?
飯田 いやもう、ダイレクトにかかるというか(笑)、電力の既得権益には大きく分けて2つのセクターがあるんです。独占を守りたい人たちと、原子力に思い入れがある人たち。この両方にとって、自然エネルギーのような小規模で分散型なエネルギーが広がっていくというのは、非常に面白くない。彼らにとってはやっぱり封じ込めたいと。
外はハリボテ、内はベニヤの”原子力ムラ”
飯田 私は、原子力ムラを「東映太秦映画村」とたとえています。原子力ムラは、表面はキレイにお化粧して、あたかも日本の原子力技術は世界最先端のハイテク国家のように見せかけているけれど、裏に回るとベニヤ板のハリボテが実態なのです。私は原子力ムラの内側の仕事もしていたので、そう断言できます。
小林 原子力ムラの内側というのは?
飯田 原子力安全委員会のもとで原子力の技術基準づくりの仕事や、電気事業連合会の裏側の仕事も少しですがやっていたんです。
飯田 原子力のキモの部分は、国の安全審査です。
今回のような色々な事態が起きても安全であることを計算上でいろいろとシミュレーションします。神戸製鋼から電力中央研究所というところに出向派遣で行きました。
そこは電力会社の売上の0.2%が寄附で、およそ二百億円規模の予算で運営されている研究所ですが、ここには2つの側面があります。寄付で運営される財団法人なので、タテマエ上は「中立」という顔で、国の安全審査の委員もやっています。でも実態は、電力会社のお金ですから電力会社に奉仕する研究所という、もう一つの顔があります。理事長などは、みんな多くは電力会社からきていましたから。
その前半の側面で、原子力安全委員会のもとで新しい安全技術基準を作るという仕事に携わりました。
私はそのころまだ20代の下っ端でしたから、最初はカバン持ちと議事録取りくらいから始めたんですけれど、議事録を取っているうちに、大学の先生や企業の技術者など委員の人たちが、政策や国際基準の背景をまったく勉強していないと感じたんです。それで、国際基準の背景やそれを日本に取り入れた過去の経緯や事情などを全部勉強して、すべての情報を頭に入れているうちに、私がその分野の生き字引みたいになったことがあります。最後は、原子力安全委員会からの答申文書も私が書いたこともありました(笑)。
その経験を通して、原子力の官僚がどういうマインドや思考方法で仕事をしているのかというのが分かりました。もちろん真面目なんですけれど、彼らの考え方というのは、本当の安全性というよりも、法律の条文の字面をどう合わせるか、なんですね。霞が関文学を駆使した、いわば「文学的安全性」とも言えます。たとえば、マスコミや反対派に突っ込まれないか?という視点で、字面をチェックするだけ。だから今回の事故でも、本当に津波の高さはこの設定で大丈夫なのか、とか津波が来て電源が失われたらどういう安全性を担保できるのか、ということを彼らは真剣に追求したわけではないのです。
それからすべてのキャリアを絶ち切って、スウェーデンに行ったんです。
当時のスウェーデンは、原子力で50%の電力をまかないながら、脱原発の方向で進むことを国民が決めていた。そこに行けば、自分のやれることが見つかるんじゃないかと思ったんです。ちょうど、リオ地球サミットのちょっと前でしたけれど。来年2012年に「リオ+20」という地球サミットが開かれますよね、その原点となるリオサミットの前です。
小林 ああ。何年でしたっけ?
飯田 1992年です。そのちょっと前から90年代にかけてスウェーデンに何度か渡ったんですが、それは私にとって圧倒的な衝撃を受けた体験でした。
言葉尻さえ合わせておけばいいという日本の原子力ムラの文化とは、まるで違っていたのです。「原発推進・反対」という二項対立の議論は、1980年の国民投票ですっかり卒業していて。原子力はこれ以上増やさないという大きな合意のもとで、あとは現実的な核のゴミをどうしていくかであるとか、安全性を実質的にどう高めるのかという課題を、推進も反対もなく、極めて実質的にやっていたことに、軽いショックを受けました。
それ以上に、圧倒的に衝撃を受けたのはエネルギーを民主主義で決めていく、さまざまな地域社会の取り組みですね。私は『北欧のエネルギーデモクラシー』(2000年、新評論)という著書でも書いたんですが、地域にエネルギー会社があって、みんなで参加し議論しながらバイオマスで自然エネルギー100%を目指すコミュニティとか。
原子力発電のコストってどうなってるの?
小林 この間、夜通し討論する某テレビ番組で原発の問題をやっていて眠い目を擦って観ていたんですが、そこに集まっていたパネリストの人たちに、僕はもう少し期待を持って観ていた。
飯田 そうですよね、あれはかなり期待はずれでしたね(笑)。
小林 大体いつも、反対側の意見を持っている人たちも並べるんですけれど、なんだかんだ言って擁護している人たちがほとんどでしたよね。
飯田 基本的に、知識不足でしたね。全体的な議論の水準があまりにも低すぎた。
小林 原発はコストが安いという面が見逃せないという話をみんなが言っているんですが、その辺はどうなんでしょうか?
飯田 原子力のコストは、まさに致命的な部分です。これには、2つポイントがあります。
まず原子力はコスト以前にリスクが問題なのです。
これは安全性のリスクよりもむしろ、金融投資リスクなんです。
実は世界的には、特に金融機関が原子力には怖くて投資や融資ができないというトレンドがはっきりあります。
今回の福島原発の事故があって、アメリカで原子力の計画をしていたNRGエナジーも、先週、原発増設計画をキャンセルしました。また日本でも、東芝と東電が国際協力銀行と組んで融資をしようとしていたサウステキサスという原子力発電所は、いわゆる2基の原発を当初52億ドル、1ドル100円とすると約5200億円で5年前に計画したところ、今の見通しは180億ドル・約1兆8000万円にまで高騰して、アメリカの投資家がみんな逃げてしまったんです。
フィンランドのオルキルオト原子力発電所でも、当初32憶ユーロ、約4000億円で原発を1基作り始めたところ、どんどん追加費用がかさんで、今や1兆5000億円くらいになっているんです。しかも、遅延に次ぐ遅延で、いつ完成するか分からない。そういった巨額投資で長期間回収しなくてはいけないものは、ものすごくリスクがあるじゃないですか。
ところが風力発電は、計画の段階から数えても2年ぐらいで完成するんですね。
そうすると、融資を決めて2年後には投資回収ができて、1基数億円で作れるので比較的小規模で分散投資できる。そういうマネーのロジックで、完全に自然エネルギーの方が勝っているんですね。
そして日本では「安い」と信じられている原子力は、ここ数年、新設コストが急激に高くなっています。反対に太陽光発電はコストが毎年10%ずつ下がっているので、去年には原発のコストは太陽光を逆転したというデータがあるくらいです。
日本の原子力発電所は実はコストが高いです。多分、そのテレビ番組でも言われた国の出したコストは、机上の空論で出した数字で現実の検証のないデータです。「根拠を出せ」と言っても、黒塗りで出してくるんですね。
日本では、そういういい加減なデータが平気で通用しているのが困ったものです。コストの話を整理すると、発電コスト以前に投資リスクを考えなくてはいけない。
日本の場合はそこが電力の独占で守られているんです。そして、もうひとつの重要な問題は不公平な建設仮勘定という仕組み。これは、原発を作り始めたら電気料金からコストを回収できるという、常識では有り得ない制度です。
小林 それは、有り得ないんですか?
飯田 普通の社会で考えていくと、商品を届ける前に工場を作り始めたから先に利用料金をもらえないか、という話ですから。
昔は確かにアメリカでも同じような制度があったんですが、自由化された市場では有り得ない話です。つまり作曲を始めたから、まだ曲はできていないけれどiTunesで料金だけ取りますよ、みたいなことが通用しているわけですよね。
こういった独占市場と日本独自の政策で、いくら投資リスクが大きくても取りあえずは守られているんです。今回の福島の事故で、これからどうなるかは分かりませんけれどね。
自分の投資リスクは自分で取れ、ということですよね。
世の中はみんなそうしているわけですから。
また今回の事故ではっきりしているのは、原子力損害賠償制度で支払われる、原子力1基あたりわずか1200億円しかない保険金では、カバーできないほどの巨額の損害が出るだろうということです。しかも、その保険金すら、地震という天災だから支払われない可能性が高い。本来なら、どんな損害が発生しても、電力会社はそれを払えるだけの保険に入るべきだ、という議論が前々からあります。
試算の一つとして、もしフランスの原子力発電所がすべての事故の際に青天井に保険金を支払われる保険に入ったとしたら、支払うべき保険料で電気料金が3倍になるという試算がされているんですね。そこまで考えると、日本の役人が根拠もなく計算した原発のコストがいくら安くても、まったく意味がないという話ですよね。
少なくとも、今の日本の原発は、国民が損害賠償を被ることを人質に取って運転されているということなんです。本来コストのことを言うのであれば、国民の税金に暗黙に頼った原子力ではなくて、「再びこんな事故が起きたとしても、その損害は全額保険でカバーできる保険に入りなさいよ」というのが筋だと思うんですね。
どうして日本では自然エネルギーが普及しないのか?
小林 日本で風力発電については、しばらく前から批判的な声が出ていますよね。あれがかなり足を引っ張っている感じもするんですが、どういうことを批判されているんですか?
飯田 基本的に私は、日本の自然エネルギー市場を四面楚歌と例えています。風力発電が典型的ですが、政策の支援があまりにも乏しい。ドイツのような固定価格制度がないだけでなく、経産省は自然エネルギーを推進するような動きをほとんどしてきませんでした。そして何より、電力会社の独占、つまり送電線ですね。あとは、我々が「ジャングルのような規制」と呼ぶ、非常に複雑な縦割りと硬直した規制。そして、今おっしゃっていた問題は「社会的合意不在」が大きいですね。
3大話といいますが、「鳥」、「景観」、「低周波」(※風車に鳥がぶつかってしまうバードストライク、景観をそこなうこと、風車によって発するといわれている低周波の問題)。
でもね、例えばデンマークでは、そういった反対運動はほとんどないんです。
大きく2つの理由があります。
第1の理由は、あらかじめ風力発電を作って良い場所とダメな場所というように、地域社会との合意のもとで土地利用を分けているんですね。
もうひとつ、もっと大事なのが、風力発電を誰が作って、誰が持っているのかということです。デンマークにある風車の85%は、原則として地域の人が持っているんです。その地域社会に売電の売上が戻っていくので、基本的によそ者風車ではなくてMy風車、とかOur風車という感覚なんです。
小林 風力発電というのは世界でこれだけ伸びている。ならば、なぜ日本では伸びないのか、何が蓋をしているのかと問いかけたときに……。大きくいうと「電力会社の独占」と「貧しい支援政策」があると思うんです。
飯田 圧倒的に、そうだと思います。
エネルギーは世代交代の時期がきている
飯田 原子力のプロはエネルギー政策が分からないし、エネルギー政策のプロは原子力が分からない。そういうなかで「現実」が盲点になっていたんです。それに加えて、自然エネルギーが私の予想を超えて爆発的に増えてきた、という現実がある。
小林 それは世界で、ですか?
飯田 世界で、ですね。日本は全然ダメなんですが。
小林 それで、ap bankでも環境問題と同じくらいに、これからは自然エネルギーというものを考えていかなくてはいけないという思いがあったんですが。これが本当に、頭打ちにあっているんですよね。
飯田 日本ではそうなんですが、世界ではこの10年間に爆発的に伸びたんです。
例えば風力発電の市場は毎年30%ずつくらい拡大していて、去年は世界全体で約2億キロワットの設備容量になりました。原子力は約4億キロワットなので、今、風力はその半分まで来たんです。長くて5年、短くて3年で風力発電の発電量は原子力を追い越すというスピードで増えています。また、太陽光発電の設備容量はちょっと少ないんですが、それでも毎年60%ずつ増えています。
そうした拡大には、経済的に自然エネルギーの買取りを支えることと、送電線の接続を保証することが一番重要です。経済的に買い支える仕組みは、固定価格制度と呼ばれる制度(※自然エネルギー発電事業からの電力買い取り価格をあらかじめ法律などによって公表する仕組み)のことを言います。
例えば「20年間、風力はいくらで買い取ります」、ということが保障されると企業は安心して投資ができますし、銀行もリスクが少ないので安心してお金が貸せます。それが実現できた国や地域で、次々と発電量が爆発的に増えているんです。2000年当時には世界で数か国しか導入していなかった固定価格制度が、今や83か国が導入するまでマーケットが拡大している。
小林 それは送電線とどういうふうに繋がっていくんですか?
飯田 送電線の制度に関しては、ヨーロッパで2000年に最初に導入したのが、もともとドイツとデンマークがやっていた、”優先接続(プライオリティ・アクセス)”というもので「自然エネルギーは他の電源よりも優先して送電線に繋ぎなさい」という法律です。
送電線に接続できて、それが高値で売れれば普及していくということですね。中国はそれを2006年に導入してから倍々ゲームになっていて、今や世界で一番、風力発電による電力が増えているんです。
もうひとつは、小規模分散型の製品はパソコンや携帯や液晶テレビと一緒で、普及すればするほど価格が安くなる。このように原子力が消えていく現実と、自然エネルギーの急速な普及とが、クロスしているというところに今ちょうど来ている。
ピラミッドソングは左右対称の「3/4」「4/4」「3/4」の循環からなる非常に美しい譜面の音楽。