音楽が出来るというわけで、例えば阪神大震災の時に、素早く被災地に行き、アンプラグドで演奏した。といった音楽家がいくらかおり、これはこれでなかなかステキな事でしょうけれども、ワタシの考えでは、これは音楽の即効性と直接性に対する高い信頼であると同時に、懐疑である。

つまり、アンビバレンツな行為だと解釈しています。


即ち、「そのとき、その場で、その人に演奏する」ということと、「ちがうとき、ちがう場で、ちがう人に演奏する」という事を分割しているという事で、前者を信頼するということは、後者を信頼しないという事になりかねない。

友人が失恋して落ち込んでいるとする。すぐさまそこに行ってハンディのキーボードを弾いて歌を歌う。これなかなかステキですが、そのステキさを一面的に尊いとした場合、「そのとき、その場で、その人の前で演奏しなかった音楽(特に、同じ曲だったりした場合)」の尊さを些かながら無化する可能性を感じます。

音楽だけではない。「今、この場で、君に言うよ」というのは歌謡曲のクリシェですが、眼前で津波に飲まれている人にかける言葉は無い。祈りというのは、そもそもそうして生まれたはずです。